デュークエイセス、谷口安正さんの思い出

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私は今回歌のレッスンを受けるようになるまで、歌を習ったことはないし、音楽活動というものをやったことはありませんでした。しかし唯一の例外は大学へ入ったとき、ほんの2~3週間だけ混声合唱団に所属していたことです。

それまでいっさい音楽に縁がなかった私ですが、大学に入った時に何かクラブ活動をやりたいと思い、入ったのがグリーンハーモニー合唱団(略してGH=ゲーハー)でした。
入部してまもなく、パートを決めるために一人ひとり発声させられました。私は人前で発声するなどということは音楽の授業しかなかったので、自分の番がきた時は緊張しまくりで、まったく声が出ませんでした。
その時ピアノを弾いていたのが後にデュークエイセスのトップテナーになり、デュークの全盛期に活躍した谷口安正さんでした。

そのときはテノールのパートリーダーである谷口先輩と、バスのパートリーダーのS先輩が立ち会っていたのですが、私の発声が終わると両先輩が「ちょっと期待はずれだな」と話し合っているのが聞こえてしまいました。
いま思えば、何も音楽経験がない高校出たての男の子が、恐そうな先輩のまえで(一年生もいっぱいいました)初めて声を出したのですから、ろくに声も出ないのは仕方ないのではと思いますが、そのときは大ショックで落ち込んでしまいました。
その後、他に入りたいクラブもあったので、GHは3週間もしないうちにやめてしまいました。

あの時GHをやめないで続けていれば、もっと歌の基本が勉強できていたでしょう。我ながら気の弱い根性なしだったと思います。

谷口安正さんはデュークエイセスの日本の歌シリーズ(女ひとり、筑波山麓合唱団、いい湯だな等)などで張りのあるいい声を聞かせてくれましたが、若くして脳出血で亡くなられました。

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