Mの想いで

40代後半と言えば、サラリーマンにとって多忙かつ大事な時期です。
しかもそのころの私は仙台に単身赴任していたので、親しかったMといえども疎遠になっていました。

その日はたまたま東京へ出張していて、赤坂見附の坂を豊川稲荷方面へ上っていました。
すると坂の上からMが下ってくるのと、ばったり会いました。
スーツにネクタイ姿なので、営業の途中なんだなと思いましたが、お茶でも飲もうかと、近くの喫茶店に入りました。

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「仕事は順調なのか?」と訊くと、なんと「会社は辞めた」との答え。
なんでも、自分は物書きとして生きていきたいと思い、会社をやめたとのこと。
でも会社をやめた翌日に、「俺には物書きで生きていくことは無理だ」と悟ったそうです。
そして今は国会図書館に毎日通って、好きな本を読んでいるとのことでした。

家には(彼は結婚していません)会社をやめたことは話していないので、サラリーマン風の格好で毎朝出かけていて、健康のために渋谷駅から国会図書館までの往復を歩いているとのこと。
その日は私に時間がなかったので、近々飲もうということになりました。

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しばらくして、自由が丘駅近くで二人で飲みました。
昔から本が好きだった彼は、「今日は何の本を読もうか、と毎日ワクワクしながら国会図書館に通っているとのこと。
あるテーマを決めると、国会図書館にあるそれに関連する主な書籍は、ほとんど読みつくしてしまうそうで、彼の頭の中には知識ばかりがいっぱい詰まっていたのだと思います。

「お母さんには仕事をやめたことを話したのか?」と訊くと、「話していないけれど、うすうす感じているかもしれない」とのことでした。
「これからどうしていくのか?、貯金とかが底をついたらどうするんだ?」と訊くと、まだ何年かは貯えがあるし、以前から骨董品が好きで買いためていたものを売れば、かなりの金額になるから大丈夫だ」との超甘い考えを話していました。
「先のことを考えるとストレスになるので、考えないようにしている。それよりも、毎日図書館で何を読むかを考える方がずっと楽しい」。

最近マスコミでも話題になっている中高年の引きこもりですが、独身で実家に住んでいて、お母さんも元気だからできたことですよね。(毎日出かけているから、引きこもりというのかどうかですが)

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彼は私と小学校から高校まで一緒でしたが、親しくなったのは高校で初めて同級になってからです。
お互いあまり勉強しなかったので高校の成績は悪く、同病相憐れむで、それが親しくなるきっかけだったかも知れません。
そして彼は一年浪人してW大へ進学、卒業後は一流企業へ就職しました。
しかしその会社をやめて、コンピューター関連の中小企業に就職したことは聞いていました。

その後にあったクラス会で彼のことを皆に話すと、Mと親しかった仲間は心配して、「今度会う機会を作ってくれ」と言われました。
私は東京にいなかったので、なかなかその機会が作れなかったのですが、翌年?のクラス会の返信ハガキに、お母様から「Mは〇月〇日に亡くなりました」と書いてありました。

もうびっくりし、仲の良かった友達二人と彼の実家を訪ね、お線香をあげました。
お母様は、「難しい病名で、私にはわかりません」と言われてましたが、後に彼の家の近くに住む同級生に聞いたところ、劇症肝炎だということでした。

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彼が会社をやめる気持ちになったとき、なんで私に話してくれなかったのだろう?
もしかして、所帯を持って、それなりに順調に会社勤めをして、遠い仙台にいる私に遠慮をしていたのだろうか?
あるいは、反対されることはわかりきっているので、誰にも相談しなかったのだろうか?
いまとなっては、知る由もありません。

それにしても、お墓参りに行けて良かった!
そして彼のことを、ブログを媒体として記録に残せて良かったです。

この記事へのコメント

のんた
2019年05月08日 23:06
パソコンを立ち上げカンツォーネさんのご近況はと思い立ち寄らせていただき、Mさんの記事をいの一番に拝見いたしました。
そうでしたか・・。
まるで大河ドラマのようですね。
人との縁というものは本当に不思議で尊い大切なものなのだとカンツォーネさんは現実の行動で教えてくださいます。
私も気が付けばだいぶ長く生きてしまい、平成の30年間のその前の昭和のことも昨日のことのような錯覚にとらわれることがあります。
長く生きてみて人生で大切な縁はそんなにたくさんはないんだということはさすがに良く分かってきました(笑)
肉親、恩師、お友達などなど神様がくださった大切な縁を私ももっと大事にしていこうと思いました。
令和の時代もよろしくお願いいたします。
2019年05月09日 01:02
カンツォーネさん(のんたさんもお久しぶです)
お二人ともお元気そうで何よりです。

人生って何なんだろうって思う事ありますね。
私は結婚もしないで好きに生きて来れて、大変な事もありましたが、
総合的に考えて恵まれて居たかなって思います。
お金に困った事もあったんですよ。
でも、不思議と助かる

この記事のご友人はある意味幸せだったんではないですか?
大好きな本を沢山読めて。。。
結婚の苦労も幸せも知らなくて?
それはそれで良かったんではって私は思います。

私も、パソコンが無い時代は本が好きでけっこう読んでたんですよ。
パソコンとは違った奥ゆかしい楽しさがありましたよね。
又、本読みたいんですが、老眼鏡かけないでいいんですが、
やっぱり目が疲れますよね。

はい、私も令和の時代もよろしくお願い致します。
S子
2019年05月09日 12:39
人生いろいろいろ~♪誰かも歌っていましたけれど…
Mさんのお話、のんたさんやさくらさんのお話も拝見してしみじみ思いました。昔子供の頃の事ですが、我が家にお手伝いに来ていた(畑を耕すのに、村のおばあさん?たち)『あの人は運のいい人だよね』というと「ほうけとうとう死んどうけ?」という事になるのだそうです。子供心にも成る程と思いましたが、今長生きをしていて、長生きもほどほどが良い様に思います。そんな贅沢と言われそうですね。親から戴いた命、有り難く生きなければ罰が当たりますね。
お写真の花のいずれも美しく、もののあわれを誘います。でもこうして今も思い浮かべてあげることが何よりのお供養かと思いました。
ブログのお仲間でも、闘病された方、哀感を吐露された方、生者必滅会者定離とはいえ、今も思うと胸が痛む何人かを思い浮かべて悲しんでいます。時々ページをノックするのですが…
カンツォーネ
2019年05月09日 14:44
のんたさん、コメント有難うございました。
Mのことをブログに書いていたら膨大な量になってきたので、急遽晩年のことだけを書くようにしました。
それでもかなり長い記事になってしまい、皆さん読みづらかったかと思います。
今回の記事だけ読んだ方は、彼のことをかなりストイックな男だと思われたかもしれません。
でも仲間内ではひょうきんで、冗談をよく言っていました。
家庭でも同様だったようで、お母様は「あのひょうきんもののMが..」と言われていました。
また別の機会に、彼のそんな面も記事にしたいと思っています。

のんたさんが仰るように、年を取ってくるといろいろな縁を大事にしようという気持ちが強くなってくるように思います。
今月は私の高校のクラス会があるのですが、いつも12人前後の出席が、今年は18人になります。
こちらこそ、令和の時代も、よろしくお願いします!
カンツォーネ
2019年05月09日 21:06
さくらさん、人生って歌にあるように、人それぞれですね。
Mは自分の好きなように生きて、誰にも迷惑かけずに死んでいった。
ある意味、幸せな人生だったのかもしれません。
さくらさんも、ずっと順調な人生を送って来られたわけではなかったのですね。
ブログ記事でもオフ会でも、いつも明るく前向きなので、そんなことは感じませんでした。

Mに「いま何の本を読んでいるの?」と訊くと、いつも「俺には読みかけの本はないんだ」と言ってました。
一冊の本を読み始めると、夜寝なくても読み切ってしまう、そんな人間でした。
彼にとって国会図書館は、宝の家だったのでしょうね。

はい、令和もよろしくお願いいたします。
カンツォーネ
2019年05月09日 21:20
本当に人生いろいろですね。
どんな人生が幸せなのか、答えはありませんよね。
私が好きな言葉は「人間万事塞翁が馬」です。
自分の人生を振り返ってみて、その時は「何でこんな目に遭わなければいけないのだろう」と思っていたことが、後で振り返ると良い結果につながっていったということが多々あります。

自分に与えられた人生、悔んだり恨んだりするよりも、明るく前向きに生きていく方が、ずっと幸せです。
そして仰る通り、「親から戴いた命、有り難く生きなければ罰が当たります」ね。
カンツォーネ
2019年05月09日 21:21
↑のコメントは、S子さん宛てです。
2019年05月12日 16:56
こんにちは。
小学校から高校までMさんと同じだったということ、珍しいことではないかしら?
大抵は高校進学で、皆それぞれ離れ離れになってしまいますもの。
カンツォーネさんが東京へ出張されていた時、偶然に出会われるというのは素晴らしいご縁ですね。神様が引き合わせて下さったのですね。男の人って、女友達のように愚痴っぽいことは話さないものですね。Mさんはいろいろと計り知れないご苦労をされたのでしょうね。大親友のカンツォーネさんだけには心を許されて、お話されたことはどれほど心の救いだったことでしょう。
お母さんに心配をかけまいとスーツ姿で図書館へ通われていたこと、胸が熱くなりました。心優しい方だったのですね。ほんとうにお墓参りが出来て良かったですね。Mさん、天国で喜ばれてますよね。もっとMさんとの思い出話、聞きたくなりました。カンツォーネさんのお友達は素敵な方ばかりですね。
カンツォーネ
2019年05月12日 21:10
オパールさん、こんばんは。
Mとは高校へ入るまで、一度も口をきいたことがありませんでした。
お互い人見知りでしたが、一度打ち解けると何でも話せる関係になりました。
学生時代の奥沢には喫茶店もなかったので、自由が丘の喫茶店で、コーヒー一杯で何時間も話をしていました。(お店にはえらい迷惑!)

彼との思い出話、私ももっと書きたいので、折を見てまた記事にしたいと思っています。
2019年05月17日 22:03
こんばんは~!!
コメント入れていた、とばかり思っていて出遅れてしまい失礼しました!!

Mさん...そうでしたか~?
本当に人生いろいろですね。
Mさんの早逝は悲しく残念なことですが
或る意味、自分なりの生を全うした事はお幸せなことだったかも知れません。
が お母様にとっては、どんなにかお悲しみであったことか。。。
胸がつまされますね!!
カンツォーネさん、お墓参りができて、草葉の陰からきっとMさん喜んでらっしゃいますね!!
カンツォーネ
2019年05月18日 21:05
麦さん、コメントありがとうございました。
Mは企業の組織の一つの歯車として仕事をするのには、向かなかったのかもしれません。
それにしても、中年になってから小説やエッセイを書いて生活していくなんて、まず無理な話ですよね。
でも麦さんが言われるように、自分の好きなように生き、人に迷惑をかける前に死んでいった彼は、幸せだったのかもしれません。
彼は男5人兄弟の、三番目でした。

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