年賀ハガキの思い出

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今日から来年の年賀ハガキが発売になりました。もうそんな時季なのですね。
私は一昨年、会社の元上司からいただいた年賀ハガキが、お年玉くじで一等賞に当たりました。

私が勤務していた会社にTさんは定年間際、親会社から常務取締役として出向してこられました。
高校時代は野球、社会人になってからはテニスで名を馳せた、典型的な体育会系の人でした。

お酒の好きな方で、よく飲みに連れて行っていただきましたが、飲むと仕事の話はほとんどされず、梅原猛や塩野七生の話をよくされ、私もかなりの影響を受けました。

仕事の面でも私を高く買ってくださり、バックアップもしていただいたので、私はかなりの業績を挙げることが出来ました。

ある時、東北のS市にある営業所で不祥事があり、Tさんは営業所の立てなおしに私を所長として派遣しました。
しかし営業所長としての私と、営業本部長としてのT常務の考え方が相反し、常に意見が衝突するようになりました。

必然的に親しくお酒を飲むこともなくなりましたが、そのうちにTさんは常務取締役を解任されました。
社長はTさんを解任するに当たって私に、「あなたはTさんと仲が悪いから、解任には当然賛成ですよね」といわれました。
しかし私は即座に「Tさんは会社にとって必要な人です」といい、解任に反対しました。

しかし幹部社員の多くは解任に賛成し、Tさんは不本意ながら会社を去りました。
社長は親会社に、私も解任に賛成だったと報告したことを、他の人から後で聞きました。

その後Tさんと年賀状のやりとりは続いていましたが、どうしても会いたくなり思い切って電話してみました。
Tさんは最初とまどっている雰囲気がありましたが、柏駅の近くで仲間2~3人と飲むことになりました。10月頃でした。
会えば何も話さずともわだかまりは消えて何軒かハシゴをし、結局私だけTさんのお宅に泊めていただきました。

翌朝、奥様に最寄駅まで車で送っていただく途中、Tさんが末期癌で余命いくばくもない事を知らされました。
奥様は「今年は年賀ハガキを買う必要がないです」といわれていました。

そのTさんから翌正月、年賀状をいただきました。
お元気そうなのでホッとしましたが、そのハガキがなんと一等賞に当選したのです。
その年の8月にTさんは亡くなられ、この年賀状はTさんが書いた最後の年賀状になりました。

このTさんの最後の年賀状は、何か私に対してのメッセージのような気がしてなりません。
一等賞の景品に私はノートパソコンを選び、いま長男が使っています。

          (沼のほとりのポプラも冬支度を始めました)



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この記事へのコメント

2005年11月01日 18:00
今晩は、人の繋がりって眼には見えない不思議な繋がりが有りますね。
男性社会の厳しい現状が有るんでしょうね~でも毎年送った年賀状が二人のそれぞれの思いを届けていてくれたのですね、最近は手紙に変わってメールで済ませてしまう若者達が増えてるとか、やはり手書きの心こもったお手紙を貰うと嬉しいものですよね。 でもその年賀状も当たったパソコンも一生忘れる事が出来ない思い出ですね。きっとそのTさんも天国で喜んでくれたことでしょう。「良かったね~」って言って微笑んでるくれてるように思いますよ。
カンツォーネ
2005年11月01日 22:31
笑顔さん、長くなってしまったちょっと暗い文章を、最後まで読んでくださってありがとうございました。
私は今はやりの“チルドレン”とか“○○ファミリー”だとか、“イエスマン”というのは好きではありません。
考え方や立場は異なるけれど、心はつながっているという関係が理想です。

年賀状、PCで作成しても相手への手書きの一言を大切にしたいですね。
2005年11月01日 23:28
久しぶりにグッと来る話ですね。感動しました。
きっと、互いの気持ちが引き合っての再会だったと思います。
その年賀状も今では、メールに取って代わられる時が来るように感じます。年に一度は直筆の手紙を書きたいものですね。
カンツォーネ
2005年11月01日 23:58
kickhamさん、こんばんは。
サラリーマン時代の私的な話を、読んでいただいてありがとうございます。
小泉さんのように、イエスマンで固める方法がはたして良いのかどうか?
意見の対立には、充分議論をつくさなければいけないと思います。

kickhamさんはもちろん写真入の年賀状でしょうね。
2005年11月02日 01:30
カンツォーネさんこんばんは。
今日も遅くなって帰って来て(スタッフと夕飯食べて帰って来ました)でも眠い目を擦りながら、カンツォーネさんの記事読ませて頂いて目が覚めました。感動のお話でジ~ンと来ました。人との繋がりって本当に素晴らしいですね!私も縁のある人とは続いているし、これからも大切にしたいです。
今の風潮の「チルドレン」って何か変ですよね。小泉さんは嫌いではないんですが・・・・?イエスマンでない人も必要のような気がします。
私の会社のオーナーも「イエスマン」が好きみたいです(>_<)。
2005年11月02日 07:09
おはようございます。実は昨日一番先にこの文章に出会っています。短編小説を読んでいるような不思議な気持ちでした。何度も読み返し、これらのことを経験された、カンツォーネさんのお気持ちを考えると、すぐにコメントを書けませんでした。一夜明けて、すべてを受け入れ、今のカンツォーネサンの存在があるのだと感じました。
不思議な年賀状の思い出、私の心にも残りそうです。
カンツォーネ
2005年11月02日 21:12
さくらさん、こんばんは。
眠いところを、私の長い文を読んでいただいてありがとうございました。
心は通じているけれど考え方は違う、ということが理解できない人がすごく多いと思います。
逆に考え方は同じだけれど心は通じていない、ということもあると思います。
私は心が通じている方を大事にしたいと思います。
カンツォーネ
2005年11月02日 21:24
湖のほとりから・・・さん、こんばんは。
私はクールなAB型で、人とのベタベタしたつき合い方は好きではありません。
Tさんともベタベタした関係ではありませんでしたが、尊敬はしていました。
その気持ちは、どんなに仕事面で喧嘩しても変ることはありません。
そういうことを理解できない人たちが圧倒的に多いということに、寂しさを感じるし、恐さも感じます。
私のつたないブログを、真面目に読んでいただいてありがとうございました。
2005年11月06日 19:22
自分の考え、意見を持った人同士でなければ、
喧嘩することもできません。
相手の立場や考えを認めるからこそ、
その人に自分の考えをぶつけることができるんですよね。
会社という組織の中で、なあなあにならず、
それぞれの意見をぶつけることができた
カンツォーネさん、Tさんはすばらしい、潔いと思います。
だからこそ、再会することもできたのですね。

「飲もうか」と集って、きちんと話ができる友人たちを
たいせつにしよう、と改めて感じました。
カンツォーネ
2005年11月06日 21:48
ねこまっくさん、こんばんは。
黛敏郎が「題名のない音楽会」の司会をしていたとき、芥川也寸志が亡くなりました。その追悼の特番で黛は司会をしながらボロボロ涙を流し、芥川の死を悲しんでいました。
黛は典型的な右翼、芥川は左翼(とまでは言えないかも知れませんが左翼的)と思想的には正反対でしたが、音楽界では良き仲間だったのだと思います。
あのダンディで冷静沈着な黛敏郎が、顔を涙でクチャクチャにしていたあの時の番組を、私は忘れることが出来ません。

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