カンツォーネ奮闘記!

アクセスカウンタ

zoom RSS ハギを偲ぶ会

<<   作成日時 : 2018/03/21 13:11   >>

トラックバック 0 / コメント 6

17日の土曜日、赤坂にあるメキシコ料理店、ラテン音楽のメッカである「アンベ・クァトロ」に於いて、「ハギを偲ぶ会」が開催されました。

画像


画像


ハギこと萩原節さんは、「コモエスタ赤坂」「知りすぎたのね」「別れても好きな人」などのヒット曲で知られる「ロスインディオス」の創立メンバーで、初代リードヴォーカリストでもありました。
その後、ハギさんは病気でグループを抜けた後、メキシコで新聞記者を務めていましたが、帰国後は「アンベ・クァトロ」のオーナーをされていました。
アンベはラテンライブハウスの草分けとして、半世紀近くにわたり海外・国内の一流のミュージシャンたちが演奏して来ました。

店の壁は、海外の超有名なミュージシャンたちのサインで埋め尽くされています。

画像


私の現在の歌の活動はキサスライブが中心ですが、半年に1回はここ「アンベ・クァトロ」で開催していました。
私が初めてこの店で歌ったとき、ハギさんは「いい声ですね〜」と褒めてくださいました。
そして2回目に歌ったとき、「君に歌わせたい曲があるんだ」とスペイン語の曲を紹介してくれました。
それが「Que Tiempo Tan Feliz」という曲で、日本では「悲しき天使」という曲名で知られています。

さらに昨年夏、歌仲間たちとお店に飲みに行った時、「君の声にはLa Barcaという曲があってるよ」と言われ、一度だけレッスンしていただきました。
「本番前にもう1〜2回教えてやるよ」と言われていたのですが、その後ハギさんは入院され、ほとんど独学で12月10日のキサスライブ14で「La Barca」を歌いました。

ライブ当日、萩原マスターはまだ入院中だったのですが、病院の外出許可をとってお店に出て、私たちのライブを支えてくださいました。
私がリハーサルで歌った後、マスターに「La Barcaはどうでしたか?」と訊くと、「ダメだな、もっとキーを下げて、小舟を見送るように歌わなくては」とダメ出しされました。
本番でキーは替えられないので、なるべく抑えて歌ったのですが、ハギさんは、「まだダメだな!」。
終演後、「もっと練習してくるので、もう一度教えてください」とお願いし、快諾されたのですが、それはかなわず、1月24日にお亡くなりになりました。

画像


奥様のお話では、11月の終わり頃主治医に「いよいよなので、親族を呼ぶように」と言われたそうです。
しかし私たちのライブの前後は奇跡的に持ち直し、病院を抜け出してお店に出たとのことです。
奥様は何回もマイクを持たれ、お店やご夫妻の若い頃からの歴史を話してくださいましたが、とても興味深いものでした。

画像

偲ぶ会は、ハギさんの古くからの友人たちが世話人として開催、歌仲間・飲み仲間・その他お世話になった人たちで超満員、友人たちがハギさんの思い出やエピソードを話し、プロのミュージシャンたちが次々と演奏をし、賑やかに盛り上げてくれました。

昨年、私が銀座VENUSに高山惠子さんのライブを聴きに行った時共演されたミラノさんも、一曲歌ってくださいました。

画像

ミラノさんは、22日(金)に内幸町ホールでCD発売記念コンサートをやりますが、高山惠子さんも、ゲスト出演します。

ハギさんを送るに相応しい、賑やかで楽しい偲ぶ会でしたが、二度と私の歌を聴いていただくことが出来ないのがとても残念です。
せめて「La Barca」をもっともっと練習し、奥様がこれからも経営される「アンベ・クァトロ」で、上達した歌をうたいたいと思っています。
萩原節さんのご冥福を、心よりお祈り申し上げます。

最後に、ハギさんから勧められて歌った2曲のYouTubeをアップします。
懐かしい萩原さんの声も入っています。

初めてスペイン語で歌った曲  「Que Tiempo Tan Feliz」  (勝田台文化センターでのステージです)




ダメだしされた、みっともない歌ですが、萩原さんとの思い出なので  (アンベ・クァトロにて)
 「La Barca」


テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
カンツォ—ネさんにとって、大事な方を亡くされたのですね。
初めてスペイン語で歌った曲?なんですか。私にとってはスペイン語はおろかカンツォーネの原語さえも知らないまま聞かせて戴いておりました。でもお声やメロデーから楽しませて戴いたのですが、久しぶりの美声に感動しております。こうしてUPされたことが何よりのお供養かと思います。カンツォーネさんにとって素敵な方を亡くされて本当に残念に思われます。でもこれからもいっぱい聞かせてくださいネ。
S子
2018/03/21 19:21
こんばんは
”ロスインディオス”のヒット曲知ってます、知ってます…でも初代ボーカリストのハギさんは存じ上げておりませんでした。このように素敵なハギさんを偲んで、多くの方々が集われて、ハギさんはお徳のある人だな〜と思いました。カンツォーネさんの声の魅力をよく分かっておられたのですね。ピッタリの選曲をして下さったのが「La Baruca」なのですね。とっても難しい曲ですね。ダメだしをされた曲だそうで…でも流石に歌いこされておられて感激いたしました。どちらかと言えば”美しき天使”カンツォーネさんの甘いお声に久しぶりに聞き惚れてしまいました。白いスーツで歌っておられて、とってもカッコイイですわ〜!!
オパール
2018/03/21 20:42
S子さん、ハギさんは私がラテンの曲を歌うきっかけを作ってくださった人です。
1曲目はともかく、2曲目は彼から合格点をもらえなかったので、悔いが残ります。
アドバイスを参考にして、もっともっと練習し、天国のハギさんに聴いてもらいたいと思います。
ちゃんと歌えるようになった時は、またブログにアップいたしますね。
カンツォーネ
2018/03/22 21:44
オパールさん、2曲とも聴いてくださって、ありがとうございました。
両曲とも1度ずつレッスンしていただきましたが、「悲しき天使」は合格点をいただきました。
「La Barca」はハギさんからの宿題だと思って、もっと練習に励みたいと思います。
そういえば、この曲を私に紹介したことを彼はすっかり忘れていて、「こんな難しい曲を歌えって言ったんだっけ?」とびっくりしていました。

1曲目は、3年半前の録画です。
私が60代最後の年でしたから、まだ若さが残っていたかな〜?
2曲目は今年中に、天国のハギさんに合格点をもらえるような歌をうたいたいと思っています。
カンツォーネ
2018/03/22 22:09
お早うございます!!

萩原節さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。
「コモエスタ赤坂」「知りすぎたのね」「別れても好きな人」などの
ムード歌謡と申しますか、甘いメロディーが当時 一世を風靡しましたよね。
その創設者のハギさん、カンツォーネさんにとりましても大切な方だったのですね!!
本当に残念なことでしたが、こうして多くの方々による暖かい偲ぶ会が催され、天から喜んでご一緒に歌われていたことでしょう!!
「いい声ですね〜」と褒めて頂けたり、お声にぴったりの曲を選曲してくださったり、ハギさんとの交流はカンツォーネさんの宝物ですね♡
相変わらず甘く素敵な歌声を何度もお聴きしながら、これを書いています。
2曲とも素敵なのですが、やはり聴きなじみのある「「Que Tiempo Tan Feliz」悲しき天使が好きで〜す!!
これからも ますますお若く、素敵な歌声聴かせてくださいね〜!!

2018/03/23 08:35
麦さん、こんばんは。
ロスインディオスは、一般の人にはムード歌謡で知られていますが、もともとはラテン音楽のグループだったのです。
ハギさんも、本当はムード歌謡はやりたくなかったのかもしれません。

彼はなぜか私の歌を気に入ってくださり、「君に歌わせたい曲がいっぱいあるんだ」と言われてました。
OKをもらえなかった La Barcaは、ハギさんにOKをもらえるレベルまで歌えるように、練習を頑張ります!

私のつたない歌を聴いていただき、ありがとうございました。
カンツォーネ
2018/03/23 21:17

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
ハギを偲ぶ会 カンツォーネ奮闘記!/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる